あれから数日が経過したが、かといって彼らの生活に特段大きな変化が訪れたわけではなかった。
あるウェイトレスは、探偵たちを自らの勤めるカフェに招き、生き残る事を誓い合ったよしみとして特製の杏仁豆腐を提供し、健闘を労う場を設けた。しかしながら話題にすることといえば、やれこの甘味は最高だ、あの店は不味かった、どこに誰を連れていきたいといった世間話ばかりだ。窓ガラスの向こうに切り取られた東京の景色さえ、足早に帰路を急ぐ人々の生活ばかりで、目を見張るドラマも、話題の事件も、何もなかった。全てが風化していた。
ここにも、例の事件を口に出す者は誰もおらず、ただ橙色の柔らかな室内灯が、三人のつむじを照らしていた。
ふと、探偵の一人がこう言った。
「俺に、もっとできることはなかったんだろうか」
ウェイトレスと探偵の卵が顔を一つ見合わせて黙り込むと、テーブルに静寂が落ちた。クローズドの看板をかけたカフェの中で、異様なほどに陽気な中国人の鼻歌がキッチンからこだましてくる。それが今の彼らにとっては、遠い、遠い、儚い世界のもののようだった。
「ありません」
ややあって、ウェイトレスが言い切った。
「あの時できる、全てのことを私たちは成しました」
「…そうですね」
躊躇いがちに探偵の卵も口を開く。
「もう、今更後悔したってどうにもならないんです。それに――今思い返したところで、あの時できる最善を僕たちは尽くしたのですから。それはもう後悔でさえない。ただの…夢です」
「夢」
ハットの探偵は繰り返す。
「なら、夢を、俺は叶えられるんだろうか」
間髪入れずにウェイトレスが言った。
「叶えられますよ。いつか。生きている限りきっと」
図ったように鼻歌が止んで、三人はまた窓の外を見た。
冬の東京は、なおもスピードを増すように、いまだ街灯りを受けて輝いている。