気まぐれに腹が減ったと言ったら、丹内に居酒屋に連れて行ってもらえた。なんでもおでんが美味しいとかで、入るなり丹内はメニュー表をオレに寄越した。細かいところで気が利くのだ。

「丹内っておでん好きだったっけ?」
「いえ、そういうわけじゃありやせんが…以前、会長に馳走になりましてね」

 上等な餅巾着を頬張りながら聞くと、熱燗を入れて赤らんだ顔の丹内が笑った。そういえば、丹内と居酒屋など、昔は想像だにもしていなかったものだ。
 爺ちゃんが勧めたというこの居酒屋の品々はどれも舌触りがよく、成る程どうして、爺ちゃんが気前良く奢るだけあると実感する。丹内が奢りますよと一声かけてきたが丁重に断った。どうせオヤジの財布からツケが下りる。
 寡黙な丹内だが、酒が入るとわずかだけ饒舌になった。楽しそうに、様々な騒動の話や、今付き合っている女の話をするもう一人のオヤジの調子を、ただオレは微笑ましく聞いていた。うん、そうなんだ、へえ。そんなことがあったんだ。
 ええまったく、若にもいて頂ければ。
 そうごちる丹内の口元は、けれど笑っている。

 一瞬。本当に一瞬だけ、ふっとオレの相槌が止んだ時。
 丹内は口を閉じてオレを見た。そうしてただ一言――分にも換算できるような間を置いて、こう言った。

「美味いですか」

 オレは咄嗟にこう紡ごうとした。うん、めちゃくちゃ美味い。でも出てきたのは酒と煙草で焼けた息だけで、やっと頷くオレのことを、ただ丹内は見ていた。
 微笑んでいたのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。顔を見る前に頭をぐしゃぐしゃに撫でられたから、それはもう、確かめようがなかった。