アルバートはよく笑う。まるでそうすることが正解だと彼が断じているかのように、ダリアには見えていた。 笑顔の裏で怒っているのだろうと察した事は幾度かあったが、彼が泣く姿をとんと見た事がない。かといって感情を押し殺す男でもないのだ。”そうした方がよほどましだという判断なのだろう”ーーダリアはそんなふうにアルバートのことを見ていた。
ところで、ダリアはよく面倒事を言ってはアルバートの手を拱いていた。仕方ないな、しょうがないなと嘯きながら、その実苛立っていた事をダリアは知っている。
だからこんなふうに呟くのも当然の帰結ではあったのだ。
「怒りたいなら怒ればいいじゃない」
「え?」
振り向いたアルバートはやはり曖昧に笑っている。暴かれる事を避けて、自ら取り付けたペルソナだ。
「アンタはそうやって、いつもはぐらかしては追求を避けるわよね。優しさ? それとも逆なの?」
「ーーなんの話?」
アルバートの視線が泳ぎ、ダリアの纏うケープに映った。ぴしりと調えられたこの皺のない布でさえ、恐らく心を蝕むと知りながら。
「そんなふうにして、つらくないの? ――言えばいいじゃない、あたしのことが嫌いだって。きっと、スッキリするわ」
誰もいない湖に石を投げ打ち、静かな波紋が広がっていた。キュクノスの談話室にはアルバートとダリアしかおらず、アルバートがただダリアを見下ろす瞳だけが、飛立つ鳥のように揺れていた。
「――嫌いなんて、誰が一度でも言ったよ。僕はダリアちゃんのことが好きさ。大好きだよ」
口元が歪んで引き攣り、矢継ぎ早に捲し立てたその表情はよく見えなかった。アルバートはすぐに身を翻し、出ていってしまったのだから。
一人残されたダリアは、扉を見つめながら思った。
(…間違えたかしら)