すべてを飲み込むような、深い夜の闇をけがすようにして、雪が降っていた。
 東京がこれほど冷え込むなんて、ふつうはありえない。世界がこれから滅びに向かうなどと知る由もない、この街の者ものの騒ぎといったら半ばお祭りだ。絢爛と、私たちの眼下に広がっているこの街のともしびはーー祭りめいていたが、陽炎のように希薄でもあり、そして――このフィクションたる世界の、命のともしびだった。
 この頬を刺すような冷気は懐かしくあった。なにせ、わたしの実家は山奥の田舎だ。夏になると蒸して熱気がこもり、冬になると肌が粟立つくらい冷え込んだ。ほうと息を吐くと、真っ白な煙がわたしの唇から飛び出して、すぐに消えた――まるで、どこにもいないわたしたちのように。

 懐かしい。この感覚さえ幻想の産物なのだとわたしは今、知っている。
 だって、この世界の真実を照らし合わせるのならば、わたしが生まれたのは二十ではなく十五年前であり、幼い頃に過ごしたあの青く輝く山々や、これから始まるみたいに真っ白に染め上がった雪景色も、わたしの記憶の中にしか存在しないのだ。そう、わたしは今、知っている。
 しかし。今わたしの眼下に確かにともしびはある。同じ光景を今、彼らも――四季島さんも笹花さんも、それから音無音無も見ているはずなのだ。

 わたしのありかは一体どこにあったのだろう?
 一体わたしは何者で、何を信じて生きていけばいいのだろう?
 わたしなど初めからどこにもいなくて、わたしが見ている光景は、すべてはじめから見果てぬ夢なのではないかと、そう崩折れそうになりかけた――つい、数時間前までは。

 このともしびが偽物だと、わたしにはどうしても思いがたかったのだ。だってこんなにゆらめいているのだ。生まれる風のように、うつろう心のように、生きて死んでいく人びとの命の儚さのように。今もなおゆらめいているのだ。

 東京タワーはぞっとするほど静かだ。でも、ようく耳を澄ませば、ちゃんと聞こえてくるのだ――車の音、街頭テレビの音声。ごうごうとうなる突風の音。小さい頃、泣きながら見上げた空に浮かぶ満月が、優しくわたしに語りかける音。

 そんなものはない。そんなものはないのかもしれない。
 でも、少なくとも今、氷のスクリーンの向こうにいる、あの月の住人が、わたしにそれを定義してくれる。
 それだけで今は充分だった。充分すぎたのだ。

「――わたしは絶対幸せになるんです。わたしの愛する人が、わたしの愛した人たちが、わたしの幸せを祈ってくれたこの場所で」

 小さく、小さく。
 祈るようにつぶやいた。誰にも聞こえずに雪の中に消えていった、その音波は、けれど確かに存在したって、今わたしが。わたしだけがそれを、証明してあげられる。