終:エピローグ
あれからあの夢を見ることは一度たりともなかった。あれが本当に天界の実験だったのか、それともすべてが暁の脳が作り出した虚像なのかはわからなかった。昼子に問いただすすべももうなかったし、作り込まれすぎているとはいえ、なにもかもが存在さえしなかった可能性だってあった。そうであればよいと暁は思い——そして——思い直した。そうでなければよいと。
あの夢を現実として肯定することは、天ノ川以外の、血塗られた歴史を持つ一族の存在を肯定するも同義だった。だが、暁が肯定しなければ、誰がこの宇宙で桂の死を案じるのだろうと思ったのだ。
きっと桂の家族は、彼の死を受容したに違いない。己にとって母たちの死が全て、やむを得なかったように。
責任という言葉を桂はよく口にした。ならば、彼の死を惜しみつづけることこそが、自分の責任だ。
京の墓地を練り歩いても、仲一族の墓などなかった。だが暁は鏡を見るたびそこに桂の面影を見出した。精悍な細面、色気ある目尻、薄い唇と高い鼻、細い眉。海のような瞳と透けそうなほど白い肌。どこをどうとっても似ていやしないのだけれど。
何日、何ヶ月か後、暁が家を出ていくことを表明すると、意外にもそれはすんなりと受け入れられた。アンタはひとどころにはい続けられない性分よねと来花が苦笑した。樋掛も同意した。コスモは憮然としていたが、ついに引き止めることはなかった。心の中で侘びながら、暁は荷物をまとめ、その日を迎えて家を出た。
存外荷物は軽かった。外はよい秋晴れ、出立日和だ。きっと旅立つことで残す悔恨も数多くあろう、けれど止められないと暁は思った。望は手を挙げて、生きてたらまた会おうな、と大笑した。望はいつだって暁をわかってくれていた。魂の半身だった。あの世界で春日がまだ生きているとしたら、あんな笑顔で桂を見送ったのだろうか。
下駄の特徴的な音を鳴らしながら暁は歩き出した。あてどもなく。
この広い世界のどこかに桂がいるような気がした。いないのはわかっている。けれどおそらくあちこちにいた。彼が好んだものにある、残滓の数々。いつか仲一族も、うまくやれば辿り着くはずの、地にある理想郷。
暁はこの世界には存在しない仲桂のことを悼んだ。そして足音の中に彼を見た。
この世界の頂点に一度到達した。けれど宇宙にはさらなる果てがあることを、暁だけが知っている。いまだ本当の天辺には程遠い。世界は無限に膨張している。その中を、暁は桂を連れて歩いていく。
暁は天を見上げた。やがて日が暮れて、きっと美しいゆうべが訪れる。すこやかな秋晴れのさらに向こう、昼にも闇にも数えきれないほどの星が瞬いていることを、世界じゅうでたったひとり、今は彼だけが、識っている。