存在しない一族の、最悪のバッドエンドの話

主人公は架空の名無しの一族です
男とも女ともとれるように書いてるので好きに補完してください
俺屍小説版は未読です

 忌まわしき呪いの印が、私の額から剥がれ落ちた時のこと。
 そのかけらが落ちるかさついた音も、肉めいた塔が崩れる前に最期に放った心臓の音も、肩を貸してくれた家族たちの熱く優しい温度も。今なおすべてを覚えている。
 あの時私たちの前に広がっていたのは、落ちてきそうなほど暗い地獄の空などではなく、眩い未来の光だった。
 広洋とした亡者砂漠に広がるその砂も、淀んだ海さえもが色づいて見えて、感じたことのない希望が胸を満たしていた。
 これから、私達は長い時を生きていくのだと。

 瞼を開ける。
 そこにあったのは荒野だった。
 大江山を真っ白に染めていた雪は迸る血潮ですべて解けて、もう命のない枯草が、無数の死体とともに静かに横たわっていた。
 玉座に一人座る私をただひとり残して。

 夢ではなかった、と私は思った。
 一刻眠ればすべて夢になることを願ったが、かすかな望みはあえなく散った。
 何十人、何百人にも勝る膂力を持っていたはずの大切な家族は、それを上回る何万もの兵士の凶刃に敗れ、私の足元に紙きれのように転がっている。
 鬼にも受けたことがないような、数えきれない刀傷。そこに宿る膨大な恨みの名前を、私達一族は今まで知らなかった。私達を追い詰めるための機構でしかなかった、鬼には持ち得なかったもの。戦い続けてきたこの十数年間、知らなかったのだ。
 ちぎれた家族の片手が、高御座の肘掛のところに引っかかっていた。

 本物の地獄だった。

 私達が、呪いのない解放された生を謳歌できたのは、ほんの数年の間だけだった。
 じきに私達のあずかりしらぬところで、私達の力を羨み、疎み、あるいは利用しようとする輩が現れて、どうすることもできないうちに戦争になった。
 知らぬ間に京はふたつに分かれて、それらが争い合い、腫れ上がった憎しみはすべて私達のもとで爆ぜた。
 大江山は、いまや真っ赤に染まっている。

 私だけが死ねなかった。
 天界最高神とされた女の血を引いた、私だけが死ねなかった。
 やることは、これまでの戦いと変わらなかった。家族を守るために斬って斬って斬り尽くして、気付いたらもう何も残っていなかった。
 もともとのように朱点閣はしんと静まり返って、それはつまり、私以外のすべての命が途絶えたことを意味していた。
 先祖たちが、機を織る如く積み上げてきた街が。復興を重ねて、あるべきはずの姿に取り戻されたはずの、大きな街が……

 私はふらりと高御座から立ち上がると、隅に転がっていた愛刀を手に取った。
 呪いが解けてからも手入れを欠かさなかった愛刀。いつもぴかぴかで、鏡のように私の心を映し返していた刀。今はどす黒い血に塗れて、柔らかな野菜さえ斬ることができないであろうほどに摩耗した、私の相棒。
 それを構えると、静かに己の胸へと向けた。
 この刀は特別製だ。先祖たちが織り成した情念と、至極のちからが宿っている。
 何万人を斬ろうとも、そのちからまでもがすり減ることはきっとない。
 渾身の力を込めて、その刀を、己の胸へと押し込もうとした。

「お久しぶりです」

 声がした。はっと顔を上げると、そこには一人の女が立っていた。
 絢爛な美しい十二単を身に纏った天女。すべてが赤と黒でどす汚れたこの空間において、たったひとり真っ白なままそこに佇んでいた、私の母。太照天昼子だった。

「…今更、なにをしに来た」
「たったひとりの我が子のために、母が駆けつけてはいけませんか?」
「この惨状を見て、よくもぬけぬけとそんなことが言えたものだな!!」

 私は叫ぶと、己の胸に構えていた刀を彼女に向けた。
 切っ先も声も自然と震え、出し尽くしたはずの涙がこぼれて頬を伝う。
 力がありながら、なぜ助けてくれなかった。お前が何十年にもかけて積み重ねてきた計画だって、この結末で無為に帰すことくらい、わかっていただろうに。それに人々がいなくなれば信仰だって失われる。信仰が失われれば、神もまた永遠ではなくなる。
 言いたいこと、尋ねたいことが洪水のように喉を溢れかけて、そのすべてがつかえた。
 泣き散らし、言葉にならない私を見て、昼子は心も読めぬままに笑った。

「私の血には、呪いが流れているんです」
「呪い…?」
「そう、呪い。貴方もよく知っているでしょう?」

 神と人の間に生まれた子は、強大な力を持つという。

「…あ……」
「長年にかけて練ってきた計画がすべて台無しになったというのに…不思議ですね、こんなに晴れやかな気持ちになるだなんて」

 昼子は私をゆっくりと見た。
 蛇のような狡猾さ、あるいは獲物を捕らえた時の飢えた獣。果たして慈母のようでもあり、泣き出しそうにも、怒り出しそうにも、笑い出しそうにも見える、そんな目だった。

「私達の呪いは、永劫解けることはない」
「私は、朱点童子なんかじゃない!!!」

 彼女の言葉を切って猛々しく叫んだ。持ち慣れた時の何十倍にも重くなった刀が、ガチャリと鈍い音を立てて、私の心のように軋んだ。
 昼子は臆せずひとつ歩み寄ると、あろうことかその刀身を右手で鷲掴み、静かに下ろしてみせた。

「そのなまくらで、何ができるのです?」
「…あ………ああっ… ああああ………」

 生まれてはじめて親を認識した時のこと、己の血に神のそれが流れている事実を知ったこと、幾匹もの鬼を斬り倒してきた日々のこと、その時唱えた花乱火の呪文、黄川人がお輪の顎を傾げて囁いた言葉。全ての記憶が、血の中に、絶望という実感を伴って、私の中に流れ出した。
 永久氷室よりももっと寒く感じる。冷たい手。
 私が、私たちが朱点童子でさえなければ、この地獄は生まれなかったのか?

 立っていられず、私はふっと力をなくすと、その場に崩れる。
 昼子は追うようにしゃがみこむと、刀を後方に思い切り振り投げた。遠くでガランと音がする。
 そして私の背を撫でさすると、そのまま優しく抱き寄せた。

「でも、もういい。もういいのです。
 今この瞬間に、私たちの呪いはもう、終わったのですから」