夏盛りのついた一〇二四年七月、その蜃気楼の中に朧気に姿を現す白骨城。四切朝海の初陣はそこで行われた。
実地訓練もほどほどに初陣の娘を引き連れ、頭領の捨丸、あまつさえその最奥部に構える四ツ髪に挑むことを良しとした海斗や春若。彼らの軽薄な選択に煌はひそかに驚いたものだが、浪花ハリ扇なる面妖な武器を手にうすら笑いさえ浮かべてみせる当の朝海の放胆ぶりには、輪をかけて驚嘆の念を禁じ得なかった。
常世見の術で我を失い襲い掛かる父を前にしても、動揺のそぶりひとつ見せることなく。命を持った骨の龍の下で唄う、彼女の舞姿に、煌は心からこのように思ったものだ。
——伊達ではない。
白骨城からの帰途、煌は我知らず訊ねた。
「唄っていたな」
朝海は、そうだっけ、目線を暗い夜のもと彷徨わせつつも笑った。
「あたし、踊り屋だから。戦場を美しくするのが、あたしの役目なの。——たぶん」
「それは受け売りか?」
「ううん、あたしが考えたの」
踊り屋って、あたしがこの一族じゃはじめてだよね。刀も弓も持たない踊り屋がいるイミってなんなんだろうって考えたとき、そういう理由だとイチバン嬉しいなって、あたしが思ったの。
彼女のその答えが、煌の頭にはしばらく焼き付いていた。彼には逆さになっても思いつかないものだった。
戦は、戦でしかない。鬼を射る。敵を射る。射られる前に射る。使命を射る。
戦には、それ以上の意味はないと考えていた。意味を求めてどうするのだ。意味というなら、悲願のためだけに戦う、それが我々が戦うことの、意味だ。それだけでいい。
ところが煌は朝海の答えがすっかり気に入った。しっくり来たのだ。
煌は、父の煉次とともに戦場に立ったことがない。訓練師事のためのただの一ヶ月しか、ともに居られなかった。己とは真反対に、ずいぶん陽気でいい加減な男だと呆れたものだが、あれはあれで不思議と好ましく思われたことへの、理屈がついたのだ。つまり——苛烈な宿命に投じられてなおいられる、その気丈夫な姿は——あれは、うつくしいと呼べるのだ、と。
呪われた運命の中で、たとえ美しくいても、よい。その結論は煌の漠然とあった存在意義の輪郭を、くっきりと映し出した。
それから煌は朝海ごと、そっくり気に入った。
(以下、書籍「花民ぐ」にて収録)
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