ペアくだまき~月&太陽編~

今回のくだまきは月&太陽です。

月と太陽はラインの始祖に当たるペアですが、まあ~最序盤一族であったということもあってイマイチ掘り下げきれなかったな~というのがものすごく悔いの一つになっています。
ということでその反省も兼ねてちょっと存命当時の彼らについて一生懸命考えてみようということでチョイス致しました。

基本情報

職業弓使い
時期1018年11月~1020年7月
享年1歳8ヶ月
昇×陰陽児 中
素質点290
愛用武器木霊の弓
来訪コメント-
好物椎茸
遺言「最後くらい笑ってくれよなあ。おまえらの笑顔が俺の宝なんだぜ…んなことも知らなかったのかよ」
双子のきのこが好きな方。優しく真面目だがだからといって冷静というわけではなく、それなりに慌てん坊でそれなりに気弱な、どこにでもいる感じの若者。太陽とはいつも喧嘩ばかりしている。
昇や沈の教えを守り、人間らしい生き方や普通の日常を大切にしようと説く2代目当主。
稲荷ノ狐次郎戦で母の沈を失った直後に当主となり、力を蓄えてリベンジマッチを果たす。最期は辛い時も笑えば気持ちはあとからついてくると言葉をかけて逝った。

太陽
職業剣士
時期1018年11月~1020年8月
享年1歳9ヶ月
昇×陰陽児 中
素質点225
愛用武器名刀長船
来訪コメント-
好物タケノコ
遺言「着物は、必ず日に当てて干すこと。鎧や刀の汚れは、まめに落とすこと。…大丈夫よネ?」
双子のたけのこが好きな方。優しいのだが、その目的のためには手段を選ばないところが若干ある、近道重視のちょっと変わった女の子。月とはよく衝突して言い争っているが、本気で嫌い合っているわけではなく、むしろ最終的な結論や目的はいつも一致する。

当時「きのこたけのこ双子だね」って言われたのがすごく思い出深くて、月と太陽が喧嘩ばかりする兄妹だ…っていう解釈は多分そこから来てるんですよね。きのこたけのこという終わらない戦争を掲げてる双子だから…笑

昇さんと沈ちゃんは、忘れがちなんですけど実は二人とも床の上で生涯を終えられなかった人物です。二人とも鳥居千万宮にて戦死しているんですね。
その生涯を見届けて尚意志の変わらなかった二人は実は結構な心根の持ち主だと思います。月と太陽は主にそこにフォーカスを当てることになるのかな。

普通をやり遂げる

先に性格面じゃなくて経験の話をします。
上述したように彼らの祖父・母は戦死という最期を遂げており、当時まだ若かった双子にとってその末路はかなり恐ろしく映ったんじゃないでしょうか。知っている人が二人も戦場で死んだのは月と太陽のペアのみです。

そんなわけで彼ら双子は当然戦場に怯えるわけです。ただ沈ちゃんの遺言が彼らに逃避を思いとどまらせた。

沈ちゃんは戦死という、最も当人にとってつらく痛かったであろう最期を迎えるわけですが、それほど”頑張った”という当人の実感は、きっと父と同じ場所に往くことができる…つまり天国に行ける、あちらで報われることができる、という一種の救いと強さに溢れていたんですね。
これ、月本人も言ってたんですけど、

そんなもの、どこにもないことくらい…僕らには分かっている

天国なんか無いと思うんですよね。死んだらそれで終わり。
なんですけど、この天国っていうのは、もうこうして言葉にするのも野暮なんですけど端的に言ってしまえば”生きて生き抜いて、そして満足して死ねる”という表現の比喩なんですね。

自殺という逃避を図ってしまえば、きっと自分達は天国に行けない、というのは、倫理上の問題というのももちろんなんですけれども。祖父や母は恐怖と戦って生きて死んだというのに、それが成せなかった自分たちはきっと自分の人生に責任を持つことができない…二人に申し訳が立たない…そしてその末路では、自分に胸を張れない。そういう意味合いが強かったように思います。

自分の人生を後悔しないものにするため、二人は生きる(=交神して子孫を残し、これからも託していく)ことを選んだわけですが、二人の「生きる」というのは戦いに赴き武人として強くなるというのとはまた違って、「この呪いの中にあって普通をやり切る」というベクトルに舵の切られていたものになるのです。

多分昇さんと沈ちゃんの普段の生活ぶりというのが、よほど温かく優しいものだったんだと思います。それが月と太陽の心に焼き付いていた。
双子にとって人生で最も重要視すべきものは、戦いにおける強さや、呪いを意識し、解呪を目指すことではなく、そんな生活の中にあって普通に楽しく生きること。昇さんと沈ちゃんの在り方がきっと二人をそうさせたのでしょう。

そんなわけで月と太陽はもう、頑なと言ってもいいほどまでに日常生活の話をするわけです。遊びのことだったり、洗濯物の干し方やら、刀の扱い方ではなくそのお手入れについて。そして笑う事。

でも勿論戦いを放棄するわけじゃなくて、彼らの目標には「祖父と母が散った鳥居千万宮にて稲荷ノ狐次郎を打倒し、母の無念を晴らすこと」っていうのもちゃんとあったんですよね。沈ちゃんはああ言って死んだけど、きっと悔しかったに違いないから。
…ただこうやって書いてるけど沈ちゃん本人がマジで悔しがっていたのかはわかんないんですよね。正直あまりそんなことも考えていなかったかも。
だから「母はきっと悔しかっただろう」ていうのは月と太陽の所感にしか過ぎないんですが、ただその主観的な意見が彼ら自身を助け、支えになり、勇気の源となっていたのもまた確かだった。
前向きに生きられるように考えることにしたんですね。素でそれができる二人ではなかったんですけど、そういう風に考えることで、ちょっとでも明るく生きられるなら、と。

きのこたけのこ双子

二人は仲の良い双子であったことは明白ですが、それ以上に喧嘩も絶えなかった。
太陽はもう見るからに強気な性格ですし、月もインテリぶってるだけで結構やんちゃなんですね。僕は兄だからしっかりしないとな!って思っているだけで本質的にはわりと太陽と変わらないんです。わんぱくで短気で直情型で、結構すぐカッとなるし素直に傷つくし、みたいな。二人とも顔はあまり似てませんが性格はとってもそっくりで、実は結構なガキンチョなんですね。

そんな彼らを大人にした契機というのがおそらくは母・沈の戦死であり、そして戦死直後の交神によって来訪した待望の子供たち、火点と未明だったわけです。

火点と未明

火点と未明は幼い頃はまあそりゃもうクソガキでした。二人ともいたずら好きで、月と太陽の言う事を全然聞かない。でも双子はそんな二人にキレ散らかしつつ、めちゃくちゃ可愛がっていたんじゃないかな~と思います。だってその性格、自分達にそっくりだから。
血を分けるとはこういうことなんだという実感も芽生えたでしょう。沈がどうしてあれほど父親に固執し、父の名前を貰ってまで指輪を譲り受けたのか、その心理を理解できるようになったのもきっと火点と未明がやってきてからなのだと思います。

まあでも「大人になった契機」とか書きましたけどもっと詳しく言ってしまうと別に二人は大して変わってなくて、沈ちゃんが死んで以後の「普通をやり遂げる」という信念のままに生きてきただけです。それがたまたま、火点と未明にとってはいわゆる一般的な「父と母」のように映ったというだけで。根本はマジでずっとクソガキなんですね。

ただこの世代の悲劇は、月と太陽からすれば一丸となって夢を叶える行為であった打倒・稲荷ノ狐次郎が、火点にとってはあの未明との決別の種の一つになってしまった…ってとこなんですよね。仲家ほんとそういうの多いな。
月と太陽はたぶん、火点を利用して狐次郎を討ったつもりはなく、むしろこうして壁を一個ずつ乗り越えることで道が開けていくということを伝えたかったのかもしれないんですけど、まあでもその(利用していたという)節が全くなかったといえば多分嘘になるでしょうし、どのみち火点はそういう受け取り方をしてしまった。
それに気が付かず去ってしまった…いや、気づくほどの時間の余裕も与えられなかった月と太陽、そして火点と未明… いや、双子当人は非常に前向きに生きようとしていたのに、ままならないもんですよね~~~…

終わりに

ラインの始祖である月と太陽。なんか最終ペアの朧と燦に少しだけ似てるのがいいですよね。喧嘩するほど仲が良い的な。
このエンドカードイラストも素朴な感じでわりと気に入っています。エピローグ漫画描き終わったあと、後出しですけど昇さん~太陽の初期世代の漫画もなんか描けたらいいなあ。