天ノ川暁(1023.12~)と仲桂(1024.1~1025.9)は、全く同じ時間を生きた、男12番の当主だったりします。
ついでに同時代に同じ男1番(天ノ川白羊/仲帳)がいたり、1025年5月に暁様が朱点と戦ってる間桂は春日を3回目の戦闘不能に追いやってたり、というのになんだかすごく運命的なものを感じて書いた、クロスオーバー小説です。
起:1025年1月 末
天ノ川暁は、とても奇妙な夢を見た。
薄暗い座敷の中に閉じ込められる夢だ。装飾は豪華で絢爛としている。燭台の炎がわずかに揺れ、その淡い光が木目の床に影を落としている。決して広くはないその部屋には、贄を尽くした家具が所狭しと置かれているが、どこかはりぼてめいていた。絹張の小ぶりな椅子が二脚。厚手の絹でできた台座は寝台だろうか。柱や床の漆は光を受けて艶めいているが、その輝きはほのかで、闇に吸い込まれるがごとく。
襖は金箔と見事な花鳥の水墨画で彩られているが、固く閉ざされ、開く気配はない。
そしてなにより、その椅子には一人の男が座っていた。
男は、天ノ川暁に、非常によく似ていた。燃え盛る炎のような朱い髪に、精悍な細面、色気ある目尻。薄い唇は引き結ばれ、高い鼻と細い眉は鼻持ちならない雰囲気だ。そして海のような瞳と透けそうなほど白い肌。品のある美しい男だ。野性的な暁とはどこをどうとっても似ていやしないのだけれど、似ている、まるで生き写しのようだ、暁はなぜか直感的にそう思った。
そして、呪われた一族の額にしかないはずの、玉虫色に煌く宝玉のような石。
だけど暁の家族に、そんな男はひとりとして存在しなかった。
「誰?」
暁が率直に問うと、男は片眉を上げ、答えた。
「僕が聞きたいところですが」ため息ののち、「…仲桂。仲一族の桂と申します」そう、一言一言言い放つように。
桂と名乗ったその男も、暁と同じく、生き写しのようだという感想を抱いたらしい。
暁はもっと大柄な体格と太い首をしていて、健康的な肌色をしているし、目だって吊っている。ついでに言うと彼の瞳は爽やかな緑色で、どう見たって別人だというのに、だ。
詳しく話をしてみると、さらに奇妙なことがわかった。なんと、桂も暁と同じように、短命と種絶の呪いを受け、それを解くために戦っているというのだ。
だけど暁はそんな一族がもうひとつ存在しているなどという話は聞いたこともなかった。そんなものがあるとすればきっと耳に入っているに違いなかった。桂たちも京に住んでいるというのだから。
ただし話の細部は微妙に食い違っていた。暁たちは去年の秋頃に七本の髪をすべて打倒し、地獄への道を開いて間もなかったが、桂は髪というものがなんなのかもよく知らないのだという。
とにかく、短命の呪いを受けた血塗られた一族が自分たちのほかにもうひとつ存在しているという事実は、暁にも桂にも同様の、恐ろしく激しい衝撃をもたらした。
「…マジで言ってんの? 何かの冗談じゃなく?」
「冗談で、こんな滅茶苦茶なことは言いません」
桂は手で額を覆いながら嘆息した。暁も、これには笑いも出なかった。これって夢だろ?と問うと、よくできた悪趣味な夢です、と彼は返した。
「けどさ、俺は仲一族なんて聞いたことも見たこともないぜ」
「これは、ばかばかしい推論ですが」
桂は居住まいを正して述べた。
「世界がいくつもある、という話を聞いたことがあります」
「世界が?」
「宇宙は無限の周期で創造と破壊を繰り返していて、同時に異なる世界がいくつも存在しているという…。ある古い宗教の話です。聞いたことはありますか」
「無ェな」
眠たい知識については門外漢だった。素直に首を振る。その振舞やしぐさ、話し口調や言葉だけでも、桂が暁などよりよっぽど優れた知性を持っていることは明白だった。
「僕もそれが真実だとは思っていませんが、これがもしくだらない夢だという言葉では片づけられない現実なのだとしたら」
そうでなくちゃ説明がつかない。桂は軽く首を振りながらそう説いた。
「つまり、俺たちが住んでるのとそっくり同じような世界がもうひとつあって、俺たち天ノ川の代わりに鬼と戦ってるのが、お前らってこと?」
桂は首肯した。
「そこまではいいとして、なんで俺とお前が会話できてるんだ? これはどういう状況なんだよ?」
「それも僕にはわかりませんが」
その青い瞳が探るように周囲を見渡した。風光明媚な家具たちは、天界で過ごした日々を思わせる。この1月の暮れ、暁は交神をすませてきたばかりだ。天界の華麗な姿は、非常に記憶に新しい。
「たとえば天界が、またなにかやろうとしているのかも。実験、かな?」
ふっと皮肉気な微笑を浮かべる桂。右手の甲、その美しい指に嵌った指輪を見せる。その指輪は暁が持っているものとはわずかに違う意匠だが、確かに当主に代々受け継がれるものだった。
「僕は今月、当主を襲名したばかりだ。きっかけがあるとすれば、これ以外に考えられない」
「俺も持ってる、それ」
暁が、自分の指に嵌っている指輪を見せると、桂は目を瞬かせてからまたあざけるような笑みを濃くした。
「なるほど、貴方も僕も当主で、同じ存在だから、なんらかの波長が合ってしまった、ということなのかもしれないですね」
「そんなこと、ありえんのかよ」
「わかりませんよ。僕だって仮説を並べているだけなんですから。少しは自分で考えてください」
不満げに話す神経質そうな姿は、とても同じ存在だとは思えなかった。暁は細かいことに頓着したことなど一度もない。話し相手にいちいち目くじらを立てたこともない。
「お前、なんか、疲れそうな性格してるな」
「はあ?」
顔は良いが、鋭い返事や彼の纏う雰囲気は、高い心の壁を感じさせた。この状況に苛立っているのか、いつもそうなのかは測りかねた。暁は肘掛にもたれると頬杖をつき、ちょっと思いつく。それで、まあ、と呑気に言い放った。
「よくわかんねえけど、考えてみたらこの夢って、すげえ”めりっと”なんじゃねえか?」
「めりっと?」
「俺らはもうすぐ呪いを解く予定だからよ、そちらさんから得られる情報はたいしてないかもしれねえが…。あんたらは無償で、なんの条件もなく、髪や天界の思惑について天ノ川一族の知っている情報を得られる。それってヤバいことなんじゃねえか?」
桂は驚いて、そのあと黙考した。顎に手を当て、「確かに」と頷く。
「単なる馬鹿ではないようですね」
「なんたって0ヶ月の時から当主やってっからな。俺は」
「では、貴方の倒してきた髪のこと、天界の目論見のこと、すべて教えていただけますか?」
「おっと」
強請る桂に暁はにやりと笑い、手で一度制した。少し呆ける桂を前に、暁は楽しむように告げた。
「ただで教えるわけにはいかねえな」
「ただで、って。僕から提供できるものは何もありませんよ」
「せっかくなんだ。ちょっとしたげえむをしようぜ」
暁は椅子から立ち上がると、脇にあった小型の箪笥に向かう。引き出しを漁ると黒い手箱がしまわれており、その中に賽がいくつか入っていた。
「お、あるじゃねえか」
それと、敷布や壺、枡を引っ張り出して、暁は振り返る。右手に握ったふたつの賽をじゃりじゃりと鳴らしながら、桂の前にあぐらをかいて居座った。
「丁半の遊び方くらい知ってんだろ?」
「…賭けごとですか?」
「勝ったら教えてやるよ」
暁は遊び事が好きだ。女も好きだし、賭博もこよなく愛していた。毎月欠かさず相場屋に足を運ぶし、そこで出会った京人と意気投合して、酒を賭けてともに遊戯に興じることも日常だった。
この生真面目そうな男は賭け事など一切知らなそうだが、どうか。ちらりと見やると、意外にも桂は意地悪い笑みを口端にたたえていた。椅子から滑り降りるようにして、敷布をつまむと、床にしわなく敷いている。
「僕は強いですよ」
その言葉は彼が丁半に手馴れていることを示していた。暁は少々の驚嘆とともに口笛を鳴らした。
「へえ、意外とやるんだな」
「好きなので」
距離が近くなってわかったが、桂からはほのかに煙草葉の香りがした。暁もおおいに好む、嗅ぎ慣れた匂いだ。本当に同一の存在なのだ、と暁は実感した。
丁半に負けて、暁は様々なことを教えてやった。
自分が見てきた様々な七本の髪のこと、その戦い方。黄川人の言葉や、地獄でのこと。太照天昼子はなにかを隠しているということ。そして最後に、もうじき自分たちは地獄の最奥部に辿り着くから、もしまたこの夢を見れたなら、もっと詳しいことを教えてやれると思う、と締めた。
桂は膨大な情報を受け、何事か考えているらしかった。おそらく、桂の話す状況から鑑みると、彼自身が七本の髪を討ち果たすことはかなわない。なにせ月齢までほぼ一緒だというのだ。1023年12月に生まれた暁が今1歳1ヶ月であるからして、桂はちょうど1歳のはず。髪を1本討伐するのに、1ヶ月。どう計算しても間に合いそうにはなかった。だから、桂が今考えているのは、自分が死ぬまでにしておくべきこと、残しておくべきものについてだろう。
そして、たっぷり熟考してから、桂は礼を述べた。
「ありがとうございます。参考にします」
「おう」
それでこの日は別れた。ひょっとするとこれきりかもしれないと言って、桂は、これから悲願成就のための決戦を控えるであろう暁たちへの皮肉めいた激励を残し、座敷の景色ごと消えた。